『ペップ・グアルディオラ キミにすべてを語ろう』を読んでだ。イデオマについて考える


久しぶりの更新。

『ペップ・グアルディオラ キミにすべてを語ろう』を読んだ。

その中で「イデオマ」という言葉が出てきた。

最初は思想や哲学のようなものだと思っていたが、読み進めながら考えてみると、もう少し実践的なものに見える。

自分なりには、

チームの中で共有されている価値基準・判断基準の集合

と理解した。

戦術そのものではない。

選手がピッチ上で、

を決めるための、共通OSのようなものだと思う。

ペップのイデオマとは何か

自分なりに整理すると、ペップのイデオマの中心にあるのは、

自分たちが主体となってゲームを動かし、位置とボールによって優位性を作り続けること

だと思う。

もう少し具体的に分解すると、次のようになる。

1. 相手に対応するのではなく、自分たちが相手を動かす

相手がこう来たから、こう対応する。

もちろん、実際の試合ではそうした対応も必要になる。

ただ、ペップのサッカーの根底には、それだけではなく、

自分たちの配置とボールの動かし方によって、相手を動かす

という考え方があるように思う。

例えば、

だけではない。

むしろ、

という考え方。

つまり、

空いている場所を使うのではなく、空いている場所を自分たちで作る。

ゲームの主導権を、常に自分たちが握ろうとする。

これが最も根本にある価値基準なのではないかと思う。

2. ボール保持そのものを目的にしない

ペップといえば、ポゼッションのイメージが強い。

ただ、ボールを持ち続けること自体が目的ではない。

ボールを使って、次のような変化を起こす。

つまり、ボール保持は目的ではなく手段。

そのため、選手の判断基準も、

前にパスを出せるか

だけではなく、

このパスによって、相手をどう動かせるか

になる。

同じ横パスでも、何の意味もない横パスと、相手を引きつけるための横パスでは意味が違う。

プレーの形ではなく、

そのプレーがゲームにどんな変化を起こすか

を見る。

これも、ペップのイデオマの一つなのだと思う。

3. ボールだけではなく、空間と優位性を見る

ボールが来てから考えるのでは遅い。

選手はボールを受ける前から、

を見ている。

つまり、ペップが教えているのは、

「ここではこのプレーをしろ」

という答えだけではない。

そもそも、ピッチ上の何を見るべきなのか。

その見方自体を教えている。

戦術を教えているというより、

サッカーの見え方を変えている

と言った方が近いのかもしれない。

4. 自由は、秩序の上にある

ペップのチームは、選手の立ち位置を細かく管理しているように見える。

そのため、一見すると選手の自由を奪っているようにも見える。

ただ、実際の目的は逆なのだと思う。

チーム全体が正しい位置を取ることで、

誰かを自由にする。

例えば、

その結果として、別の選手が自由になる。

つまり、

自由とは、好き勝手に動くことではない。

チーム全体の秩序によって作られた優位性を、最後は個人の才能で利用する。

そんな考え方なのだと思う。

ビルドアップや前進には構造がある。

しかし、最後の局面では、選手の創造性や技術が必要になる。

構造と自由は対立するものではない。

むしろ、

良い構造が、良い自由を生む。

という考え方に見える。

5. ボールを失っても、主導権を手放さない

一般的には、

攻撃

ボールを失う

守備

というように、攻撃と守備を分けて考えがちだ。

しかし、ペップにとって、ボールを失った直後の即時奪回は、単なる守備ではないように思う。

ボールを失った瞬間は、

という状況でもある。

だから、その瞬間に奪い返す。

これは守備戦術というより、

ゲームの主導権を相手に渡さないための行動

と考えた方が理解しやすい。

攻撃と守備を分けるのではなく、常に試合を自分たちのコントロール下に置こうとする。

これもペップの価値基準なのだと思う。

戦術ではなく「ものの見方」を教えている

ここまで考えてみると、ペップがチームに注入しているのは、戦術だけではない。

例えば、

この状況では、Aにパスを出せ

という正解を暗記させるだけではない。

そうではなく、

相手がこう動いたとき、どこに優位性が生まれるのか。

を選手自身が考えられるようにする。

つまり、

私の指示どおりにプレーしろ

ではなく、

私と同じようにゲームを見られるようになれ

という教育に近い。

これが、イデオマを注入するということなのかもしれない。

イデオマは、説明するだけでは浸透しない

もう一つ面白いのが、その価値基準や判断基準を、どうやってチームに浸透させるのかという点。

おそらく、理念を一度説明するだけでは何も変わらない。

ペップは、日々の活動そのものにイデオマを埋め込んでいる。

例えば、

ということを繰り返している。

流れにすると、

説明する

練習で経験する

試合で試す

振り返る

修正する

というサイクルになる。

この反復の中で、

最初は監督に言われて実行していたものが、次第に選手自身の判断基準になっていく。

イデオマを浸透させるということは、スローガンを覚えさせることではない。

日々の意思決定を繰り返す中で、共通の価値基準や判断基準を身体化させていくこと。

なのだと思う。

チームマネジメントにも同じことが言えそう

この話を読んでいて、会社のチームマネジメントにもかなり近いところがあると思った。

例えば、チームに対して、

と伝えることはよくある。

ただ、これだけでは、おそらく何も変わらない。

メンバーからすると、

がわからないからだ。

必要なのは、

何を良しとするのか。

迷ったときに、何を基準に選ぶのか。

を具体的にすること。

さらに、その判断基準を日々の活動に埋め込む必要がある。

例えば、

など。

実際の意思決定に対して、

という対話を繰り返す。

そうすることで初めて、リーダーがその場にいなくても、メンバーが同じ方向に判断できるチームになっていく。

「何をしろ」ではなく「何を良しとするか」

ペップが教えているのは、

何をしろ

という行動指示だけではなく、

何を良しとするか

なのだと思う。

戦術だけを共有しているチームでは、状況が変わるたびに監督の指示が必要になる。

しかし、

が共有されていれば、選手は自分で判断できる。

チームを強くするために必要なのは、すべての行動を細かく指示することではない。

メンバーがそれぞれ異なる状況に直面しても、同じ価値基準を使って、自分で判断できる状態を作ること。

それが、ペップがチームにイデオマを注入するということなのかもしれない。